2009年10月16日

ITと英語に理解がない会社


eddieが勤める会社はITにあまり真剣ではありません。今までコンサルにだまくらかされて散々失敗してきたからなのでしょう。言っては悪いけどクライアントであった今までの部員のレベルが低かったのでしょう。でもだからといって、そんなこと(散々失敗したからと言ってこれからもITに投資しないということ)言ってたら会社はつぶれると思います。

今や日本のマスコミなど言うまでもなく嘘ばっかり書いているし、コンサルも嘘ばかり。玉石混合だとは思いますが、あまりに石ばかり。

これからは個人の時代だと思うし、大手のニュースサイトはくだらないニュースばかりなので、テレビを見ないばかりか最近ではニュースサイトもろくに見ません。twitterやブログなどの個人が発信する情報のほうが面白いしはるかに有益です。

会社対会社の枠組みはもう古いです。金を持っている大きな会社の肩書きがモノ言うことはわかりますが、結局は会社の中の個人です。だからコンサルもまずは会社の名前で選ぶでしょうが、クライアントがコンサル個人の能力を判断できなければ会社は大損します。

クライアントもコンサルも双方とも優秀ならwin-winでしょうけど、残念ながら「日本の」多くの会社は「個人」になんて信用を置かないんですよね。会社の信用調査はするけど、個人の能力判断ができる個人が会社にいない。だったら会社の信用調査なんてまったく無意味なんですけどね。

たとえば、会社は「セキュリティ」という葵の御紋で情報を遮断します。でも情報は見える人にしか見えないし、見えない人にはなんのことやら理解もできないでしょう。内部情報の漏えいを気にするのは仕方ないことだとしても、外の情報すら遮断しようとすることに金をかけるのは実に馬鹿げてます。

そういう意味でITに理解がない会社の未来は無いです。コンサルやら親会社やらのいいなりにしか動けずに、投資判断が自分でできないわけですから。その対象(IT)に投資判断ができるためにはそれなりの知識が必要なのは言うまでもないでしょう。

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それに、若者をこんなに貧乏にしておいて、日本にマーケットなんかあるわけないです。だから会社は当然海外に展開していかなきゃいけないはずなのに、海外に出張に行くのは「おっさん」ばかり。eddieくらいの若い(もう若くないか、36じゃ...)のにどんどん海外出張させてくれればいいのにね。

機会をあたえなければモチベーションなんか湧くはずがないです。eddieは個人的に語学学習が好きだから勝手にやってるけど、いきなり「海外に行け」なんて言われたって、ただ行って終わりでしょう。外人というだけどオドオドしてるようじゃ、コミュニケーションが取れるわけないし仕事なんかまともにできるはずないです。

若くて無鉄砲なうちの失敗を許容できる年齢を超えてからじゃ、違う文化を観てみたいという欲望は薄れます。若者に機会を与えないことは会社の多大なる損失だと思うんですけどね。

eddieは海外の長期駐在とかすごくしてみたいんですけど。

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こりゃ大問題だと思うんです。ITと英語(その他外国語)くらい今の時代に必須なスキルってないはずです。それが使えない人で会社の要職に就いているんならその会社は衰退すると思いますよ。ほんと、今すぐ退場したほうがいいですって。会社を辞めろとは言わないけど役職を降りてほしいです。

eddieが住むのも地方都市(御殿場)ですけど、公共事業はどんどん削減されているから地方の中小企業はかなり厳しいと思います。今後はますますITと外国語で海外から仕事を取るような仕事にシフトしないと生き残れないはずです。

eddieは座して死を待つ」つもりはありません。周りの人たちが生き生きと仕事ができるような起業したいんです。(ブログの副題のとおりです。)でもそういう気持ちを萎えさせるくだらない制度(連帯保証人制度)があったりするからまだやりません。

今は軒を借りてコツコツ地味に勉強して、起業に備えてお金貯めておきます。

2009年7月19日

仮面の草食系 -ほんとは肉食いたい!-

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090630/198972/?P=2&ST=spc_k-change

頑張れば変われるチャンスがないのだ。

 チャンスのない職場とは、

・ 昇進のチャンスのない職場
・ 昇給のチャンスのない職場
・ 正当に評価されるチャンスのない職場
・ 成長できるチャンスのない職場
・ 能力発揮のチャンスのない職場
・ 新しい仕事にチャレンジするチャンスのない職場

である。

いやぁ、絵にかいたようなうちの職場。

下記の例では女性職員を対象にしていますけど、氷河期以降では、新卒生え抜きの一部の幹部候補以外は、男女問わず似たようなものでしょうね。中途にチャンスはぜーったいにありえません。日本の「宮仕え」では仕方のないことみたいです。いくつも転職してやっとこさ気づきました。(遅い!) ま、今では呆れて「草食系」やってますわ。

 実際に、機会のない職場にいる労働者は、ひどく投げやりになる。数年前に一般職の女性を対象にしたインタビュー調査でも、次のような意見を聞いたことがある。

 「やるだけ無駄なんです。どんなに頑張っても、評価されるのは担当営業。アシスタントの私が評価されることはありません。もちろん最初の頃は、一生懸命仕事を見つけて、自分のスキルを高める努力もしたし、残業だって喜んでやりました」と、ある30代の女性は言う。

 「でも、無駄。手柄は担当営業のものになるだけなんです。私はどんなに頑張っても給料も変わらないし、昇進することもない。だったら、必要以上に頑張る必要もないでしょ。言われたことだけ、確実にミスなくやればそれでいいんです」

とはいえ、まだ先は長いし、子供も育てていかなきゃならないので、ずっと投げやりで過ごすつもりはないんですけど...。

 さて、社長さん。あなたの会社の「草食系」は、ホンマもんですか? キリンの着ぐるみを無理やり着たライオンじゃありませんか? いい制度を作ったなら、確かめてみてはいかがでしょうか?

 そして、もしアナタが「やるだけ無駄」と感じている当の本人だとしたら、「私の後悔することは、やらなかったことであり、できなかったことではない」 というイングリッド・バーグマンの名言を記しておきます。

まぁ、ライオンほどじゃないにしてもまだ「肉食いたい!」って思えるうちに何とかしたいもんですけど、日本という国でのあまりの再チャレンジのチャンスのなさに呆れて、もうしばらくは「やるだけ無駄」なんで「草食系」の仮面でまったり行きますわ、宣言を一応しときます。

 

イングリッド・バーグマンの名言は、けだし「言うは易し、行うは難し」。今の日本で、私みたいな庶民がそれ(転職なり、起業なりのチャレンジだと解釈)をするってことは、一回きりのギャンブルに一生をかけるようなものです。失敗したら明日はありません。ギャンブルには勝ち負けがあるんだから、勝算が少しでも高められて、資金が確保できるならやればいいと思いますけど、胴元(政治家・官僚・銀行・経営者...)がグルになってそろいもそろってインチキだから分配率は驚くほど低いでしょ?

参考

でも、いい加減、硬直しきった世の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き交ぜるような何かが起こってほしいって思ってます。庶民にもたまには勝たせて下さいよ、ってね。

 

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ちょっと話がずれますけど、こんなにデフレで、老人ばっかの国になってしまってはチャンス到来はないです。お金が回らない世の中で一番お金持ってるのが老人なんですから...。

それと、言っちゃ悪いけど、よその老人の面倒なんて見たくないし、老人の面倒見たい人が世の中にたくさんいるとも思わないです。(当然のごとく家族は別物。)

無償でも面倒を見たいと思えるのは未来のある小さい子供であって、老人ではないです。老人が他人に面倒を見てほしければ、たくさん金を払う必要があるのは当たり前だし、若い時に子供もつくらず、金もためずに老人になった人を国が面倒みる必要はあまりないと思います。(不幸にして子供が先になくなったような人は別だし、そういう人には別枠の対応が必要だとは思いますけど。)

そう考えると日本の年金制度は「今の」老人にとっては実にまともだと思います。でもいい加減、これ以上若者への負担を基礎にした老人への厚遇はやめてほしいんですが、それが変わらないのは我々若い世代が選挙に行かず、政治への影響力が老人のが強いからだとも思います。

ま、こんな「ぶっちゃけ」は、年金世代の老人はネットやる人もほとんどいないから見てないだろうし、そもそも匿名個人の日記ブログですから。

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話を元に戻すと、少子高齢化社会では以前書いてみたように、外に求めるか、外の人を中に呼び込むのは仕方がないことだと思います。または、老人のため込んだお金を若者たちに還流させる仕組みが必要です。

参考

参考

移民はやっぱり抵抗あるけど、改革がどうしても出来なくて結局やるんだったら早くやってほしいもんです。いつまでも草ばっかり食わされている「草食系」の仮面は早いところはがしたいし、たまには肉食わせろ!ってな感じです。

 

2009年7月15日

終わりの始まり

思うに、政治に関心が向くのはもうこれで終わりかもしれないです。

正直、民主党に政権が交代したとしても、日々の生活が選挙を境に激変するわけではありません。(と想像しています。)しかし、この選挙を境に政治の世界はだいぶ変わっていくことだけは予想できます。ですから、長期的には生活は変わっていくとは思っています。

日本中で若い力が求められていて、大都市部での30代の首長が続々誕生しているのがその象徴です。変化に対応できるのは若い人だというのが暗黙にあるからだと思います。

もう変わるしかないんです。「Change!」です。米国の歴史上初の有色人種の大統領である、アメリカのオバマ大統領もそうだし、今までの価値観をひっくり返す出来事が世界中で起こっていますし、これからも起き続けることでしょう。いわゆるパラダイムシフトです。

自分の生活に置き換えてみると、就職してからずっとそう思っていますが、今までの生活がそのまま維持できるとはずっと思っていませんでした。氷河期世代なので普段から斜に構えています。バブル世代以上が現状維持を必死で望んでいるのはよくわかります。しかし、そんなの無理です。世界がこんなに激変しているのに、自分の生活だけが変わらないなんてことはあり得ません。

日本の閉塞感は、世界中の激変に目も耳を口も貸さず、旧来の仕組みのまま日々を生きようとしているからです。そんなズレが軋轢を生み、仲間であるはずの日本人同士への責任のなすりあいが閉塞感として漂っているのだと思います。

もう日本の中での共食いをしている場合ではありません。正直自民党でも民主党でもどっちでもいいんです。そんなことより大事なのは、日本の急速な人口減少と世界の動向をどうやって整合していき、生きやすくするか、だと思います。

日本に提示されている課題は明白です。「資源がないこと」と「少子高齢化」

その課題に対してどうこの未来を乗り切るかです。一民間企業の会社員として、地域の住民として、子供の親として、一家の主として、どうその課題を自分の身の回りに反映させていくか、だと思います。

「そんなこと政治がやってくれるべきだ」と思っているのは大間違いです。そのつけが今きているんですから。「政治なんて当てにならない」そう思って生きていくのが普通です。

いつの時代でもどこの国でも一般庶民が政治をコントロールしてきたことなんてありません。いつの時代もどこの国でも金持ちや権力者が庶民をコントロールするんです。民主主義なんてきれいごとを信じるよりも、自分が身の回りの生活をどうしていくことが大切なのか、よく考えるべきです。

日本には資源がないから知恵を使ってご先祖様が生きやすい生活基盤を提供してくれました。その基盤上に生活できていることを感謝して、これからの少子高齢化社会に立ち向かうべきなんです。

課題の克服、それは昔も今も一緒のはずです。まずは隣国(中韓)を中心にしたアジアで、知恵で商売しなきゃなりません。それは今でもすでにやっていますが、今後ますます海外進出は進むはずです。しかし、中国も数十年後は一人っ子政策の影響で人口減少が予測されていますから、今後は人口急増地域のインド・パキスタン圏に市場はシフトしていくと思います。

民間企業は世界中ですでにそういう国々で市場争いをしています。政治なんていつも後付けです。利権がおいしそうだなぁ、と思ってきたときだけすり寄ってくるんです。

そんなの企業だけだと思っている人がいるのなら、そう思っていればいいです。でも、そういう他人事感覚でいると、明日のご飯の心配をするだけで一生が終わってしまいます。

企業はすでにそういう地域に出向いていますが、今後はそういう人たちが逆に日本に上陸してきて、日本の国土上でそういう外国人たちと生活をする未来が待ち構えているんです。政治に振り回されるのがいやだったら、そんな未来に適応できるよう心しておきましょう。

まずは準備です。

日本語だけではなく、英語とか中国語とか韓国語とか言葉は身を守る武器になります。今すぐ備えておくことで、10年後の後悔を減らしておきましょう。

その他、資源も人もいなくなる未来に備えておくのがいいですよ、ってことでなんでもいいんです。別に語学である必要なんてありません。ただ言えることは、政治や国になんて頼ろうとしても無駄です。そんな時代の終わりが始まるんですから。

2009年6月16日

国際社会ではなぜ日本の影は薄いのか

前回に続いて英検ネタですが、英検を受験勉強していて思ったことがあります。TOEIC受験ではあまり気を使わなかったのですが、今回の学習では特に文法に気をつけて勉強しました。不定詞や分詞構文、仮定法、関係代名詞...。ちゃんと意識して勉強すると、不思議なことに日ごろ見慣れた英語サイトの英文も違った見方ができるようになりました。

逆に言えば、今までは文法を意識することなくなんとなくやってきてしまったわけで、TOEICが600くらいで停滞していた原因はココにもあるのではないだろうか、と思ったりしました。


改めて言語としての日本語を考え直すのですが、日本語というのは主張を行うにはあまり適してないように感じます。主語はあいまいだし、述語は一番最後にくるので、話を最後まで聞かないと話者の意味を汲み取りづらいという難点があります。(ここら辺はよく言われている話)

利点は「空気読め」が通じてしまうところで、すべてを言葉で言わなくてもなんとなく通じるところです。しかしこういう雰囲気が人間関係の中でできるまで、日本人の会話が初対面の建前レベルで大変ぎこちなくなるのは、ここら辺に原因があるのかもしれません。

普通に生活していれば人前で話す機会はあまり無いですし、仮にあったとしても、結婚式のスピーチに見られるような一般人のスピーチの下手さぶりは判で押したかのようです。


方や英語ですが、はっきりと物事を主張しやすいように思います。特に物事を言い切る場面で、日本語で「私は...」「私は...」と続くと受け手が引いてしまう印象がありますが、逆に英語では「I think...」「I can ...」という感じで話し手が主張を続けることに違和感はあまり感じません。主語がない文章は無いし、「私」を隠すために「We think ...」などとすることも少ないように思います。

昨日、以前録画しておいた英語ドラマの「セックスアンドザシティー」を見ていてパーティの場面がありましたが、あちらの人はよくパーティーをやるようです。勤務先の米国法人に出張したときに言われたのも「本当にアメリカ人はパーティ好きだよ」とのことでした。ドラマの場面にもあったように、米国人は他人と躊躇無く話をすることには慣れているようですが、一方私たち日本人は、初対面の人同士のパーティなどという機会はほぼ無い上に、あったとしても何かゲームなどの媒介がなければ話をすることもないと思います。


こうした考察から日本語というのは「きわめて内向きの言語」だと改めて実感したのです。知った仲同士での会話では非常に効率的であるのですが、外への広がりはありません。方や、英語は多数の国で話される言語であるという側面からも全てを言語化する必要があります。そのため、簡単なことまで説明しなければならない冗長性があります。しかしそのためもあってか、主語述語がはっきりしている文構造から見ても、英語は「外向けに主張し易い」と感じます


日本は「国際社会で主張をしなさすぎる」という批判はよく聞く話ではありますが、それは日本語自体が「主張することに適してない、または、しにくい」といった性質をもっているためであり、「国際社会の主言語である」英語とは文の構造のみならず、言語のバックグラウンドとしてもかけ離れているためだと思います。

 

そう考えますと、樋口 裕一 氏がいう「論理的な思考」を日本語で構成するのは実は難しいことだと思います。著者の本を一冊読みましたが、内容はリンク先の記事と同様の内容でした。

私を含め多くの日本人が「主張すること」や「論理的に話をすること」が苦手だと感じていますが、それが言語体系の違いに起因するとするならば、著者の言うところの

しかし最近では、きちんと文章にしたり、口に出さないと相手に伝わらない時代になっているとも言えます。

日本人同士ならそういう「無駄な」プロセスを省略可能だったのに、諸外国との関係の比重が以前と比べて非常に大きくなってきたために、そういう「無駄」をあえてやらなきゃならなくなってしまった、というのが本当のところじゃないでしょうか。

とはいえ、一番身近な英語という外国語を理解することは、日本語の良さや悪さを理解することになると思います。このような理解は、たとえ英語で文章やスピーチをする機会は無くても、日本語による「論理的な思考」での文章力やスピーチ力を増すと思いますし、いろいろな場面で必要とされる「相手に伝える」能力は鍛えられるのではないかな、と思っています。

 

だから私はこれからも英語学習を続けたいと思っています。

 

2009年2月 1日

語学学習

語学学習は昔から好きだったのだけど、特にそれを意識したことはなかった。

昨年もスペイン語とポルトガル語の市民講座を受講したのだが、とても楽しく学習することができた。英語は昔から苦じゃないし、今はiPodでビジネス英語などをダウンロードして毎日通勤時に聞いている。

昨年は市民講座と平行して日本語教師、といっても数回だけボランティアで参加しただけだったが、楽しく参加することができた。

4年ぶりくらいだろうか、会社でTOEIC受験もしてみた。点数は自己最高の600には一歩届かず580だったけれども、毎日聞いていたiPodだけでそれだけ得点できたのだから我ながら満足できた。

今年はしっかり目標を決めて700点くらいは得点したいと考えている。

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