2010年1月24日

「依存を是とする大人」と「自然に逆らう奴」


またtwitterがきっかけでの更新。最近ブログ更新するきっかけがない。それはtwitterで事足りてるから...orz。それはさておき、高校生のフォロワーに「kwsk」って言われてしまったので、自分なりの回答を彼女のためと自分のため(子供を持つ親という意味で)とに整理することにした。

彼女は「教師を除却損勘定で仕分けしたい」とつぶやいたのに対して、eddieは「依存を是とする大人と自然に逆らう奴だな、仕分け対象は...」と答えた。それに対しての「kwsk」。うーん。風呂でない頭を絞って回答を考えたw。

最初に結論的回答。「「依存」がダメなのは、彼らは取るべき行動を自分で考えてないから。それと、「自然に逆らう奴」がダメ、というのは、親、子供、しいてはご先祖という自分のルーツ(これも「自然」と定義)を大事にしないから。」

漠然としてるけど、そんなかんじ。そこから先は哲学書を読め!カミュを読め、サルトルを読め、デカルトを読め、若干イージーなところで村上龍(初期は哲学だ!)を読め、となるw。で、あいだをすっ飛ばして極論する理想は、なにもかも捨て去って子供と手鞠で遊ぶ良寛和尚さんとなるw。

さて、ここからは現代の事象について言うけど、結局はエコポイントだの雇用調整助成金だのでゾンビ企業が生きながらえさせられてるのが実情で、eddieの会社もこの大不況の影響をモロかぶりで酷い有様だから助成されているわけだが、その片棒を担がされているので文句はあまり言えないorz。だけど、家族を養うために嫌なこともしなければならないのが「大人」の努め(大人って便利ねw)。だから、その点でいうと君の毛嫌いする担当教師が一概にダメだ、ともeddieは言い切れない。結局は税金があてがわれて、それが大事な家族を養う原資の一部となっているのは双方が同じだから。

ただ、毛嫌いする教師とそうすべきでない教師とは区別する必要がある。教科書をなぞるだけが仕事だと思ってる教師、和を乱す奴を許さんことで統率を取り、それが評価され出世につながっていくことだと信じている教師とか。そんなのは仕分けしてしまっていい!が一方で、子供たちのことを本当に考えてくれて、教師陣に煙たがられている「教師ビンビンな」田原俊彦みたいな(古っ、知らないだろ?)先生もいるでしょう。そこを区別。そんな先生に当たればラッキー。だから君らに頻繁にマックをおごってくれる先生は「ビンビンな」先生だと思うよ、eddieはw。(違うところもビンビンだったりしてwww。先生ゴメン(__))

で、話は戻るけど先生というのは公務員。毛嫌いしてる先生がおいくつかはしらないけど、公務員を志望する人の多くは「極度に」変化を嫌う人。そもそもそういう人種だってことは頭に入れておく必要があるよ。そもそも彼らは考えたくない。それだけのこと。でも一応彼らを弁護しておくと、その先生も家族がいると思うから全ては否定しない。ただ、教師さん達には本文を忘れないでほしい、とは思ってる。教師は家族を養うという自分の生活もあるだろうけど、他人の子供に多大な影響を与えていて、社会に与える影響がめちゃくちゃ大きいんだってことを...。

というわけで、「考えない=依存」であって、そんな彼らは仕分けしちゃっていいんじゃないの?ただ、仕分けは自分の中でだけすればいい。eddieはそうしてる。しょーがない、ってね。

それと、自然に逆らう奴、っていうのは分かるでしょ?これは説明不要だと思ってる。どうにもダメなときにeddieは「海を見に行く」とツイートしたけど、eddieは海育ちだから、車を走らせては荒れる波を見に行って自分のちっぽけさを確認しに行ってた。(キザだな、おい!という突っ込みはなしねw)

御殿場なら富士山かなぁ、と思ったのだけど、じっくり見つめていると飽きることはないと思う。「霊峰」といわれるのも頷ける。そういう大自然の造形に逆らっても無駄でしょ?逆らうつもりもないし、逆らって勝てるわけでもないし、勝つつもりもない。

まとめると、「時間がふんだんにある若いうちは片っ端から本を読むのが吉。大人になるほどじっくり本を読む時間は無くなるから。そして考える。で、人間も自然の一部。いろんな人がいる、ってこと。」



あー、文才の無さとボキャ貧と非論理思考な自分に呆れるが許してちょw。eddieは右脳人間なのか、感覚で生きてるからなぁ。...ったく、オヤジを困らせるなぁ!でも、いい機会だったなw。
 

2010年1月 6日

民主党小沢幹事長のカンブリア宮殿出演について ~ sigellaさまのご意見へのお返事

はじめに。

http://sigella.blog91.fc2.com/blog-entry-15.html

私のつたない文章へのご感想をいただきましてありがとうございました。言いがかりなどとんでもないです。それがtwitterの面白さ、なのだと思います。こうしてお医者様と議論できるなんて光栄というかお恥ずかしい限りです。

私は父親から医者と弁護士には逆らうな、特に医者は尊敬しろ、と言い聞かされて育っているもので、お医者様のsigella 様からまじめに反論をしていただいたことだけでも実は大変恐縮しているのです。

 

さて、内容についてですが、同意する部分できない部分が混在です。いきなり論点がずれますが、結果的には私の政治嫌いの理由もわかりました。つまり、決定権が自らに無いものを論じることへの虚無感からなのかもしれません。国や政府に対して何かを言いたくても、私に与えられている権利はたった1票の投票権だけですから。

<陳情の一元化>についてですが、超法規的な幹事長室が内閣をコントロールせざるを得ない状況を満州事変になぞらえておられますが、小沢氏本人も語っていたように「無血革命」なのだからその点やり方については仕方ないのかな、と思っています。なんせ「革命」なんですから意見など無用?なのでしょうし。

内容に関しての反論というか意見は、以上に述べただけで実はほとんどありません。おっしゃることはもっともだと思うことが(同意かどうかは別として)ほとんどからです。だけど、「革命?」支持の理由を以下述べさせていただきたく、駄文が続くことをご容赦ください。

 

36才になってしまった私はもう若くは無いです。それでも就職氷河期に社会に出てからずっと、たった数年後に生まれただけなのに、バブル入社した連中との待遇の差とか連中の言動の無責任さとかに振り回されて、苦虫を噛み潰しながらがんばってここまでやってきたわけです。(今の就活戦線を見ると私なんかアマちゃんなんでしょうけどね。)だから、いつまでたっても何も変わらないなら仕組みごとぶっ壊してくれ!という不満の捌け口としての小沢氏の無血革命支持なのかもしれません。

何十社や何百社も就活する彼らのアグレッシブさの一方で、同世代の彼らの中には政治はおろか自分の事以外には何事にも無関心というか、感度が鈍い人たちが多くなってると聞きますし、周りにも実際にいます。(付き合ってる人間のレベルが低いといわれたらそれまでですが、今の風潮じゃ普通の人は流されて仕方ないとも思います。)

しかしそれに抵抗して、勝間和代さんの言うがごとくがんばれば、もしかしたら女性でも年収600万が可能なのかもしれないですけど、普通にがんばったくらいじゃ無理でしょう。年収600万獲得には「勝間さん並に」めちゃくちゃがんばることが必要なのでしょうから。ちなみに私は少しがんばりに疲れて東京から地方にやって来て、家族3人をそれ以下の年収で養ってます。

もっと若いときには起業を試み、融資について調べたり人に聞いたりしましたが、連帯保証人制度などという貸主絶対有利の規制があって断念したり(家族を巻き込みたいなどと誰が思うでしょう?)、ネット商売で少しは儲けましたが、最後は価格競争で撤退せざるを得なかったり...。もうがんばろうにも対象がわからないんです。だから、バブルか氷河期かという自分のがんばりだけでリカバーできない差は、革命のような論理破綻した手法でしか覆せないんじゃないか、と思うわけです。

正社員として流されて生きればラクなんでしょうけど、それがイヤだからずっと抵抗してきました。がんばったらがんばっただけ報われたいと思ってきましたから。でもそれが叶わなかった。だから、今は流されるしかないのかなぁと実はあきらめてかけているのが本音です。今の居場所にしがみつくしかないという、若いときにもっとも嫌いだった人種に今自分がなろうとしているんです。そして、それもイヤなものだから現状を徹底的に否定したいのだと思います。

「目的と手段の履き違え」ともおっしゃいましたが、もっと早くそれを実現してくれたらよかったんです。もう目的を訴えかけるというステージにはあまりに遅すぎました。おとなたちの先延ばし戦略は結果的に不幸を生んだんだと思います。だから、まずは既存の仕組みを破壊することで、混沌とした状況を望んでいるのだと(少なくとも私は)思います。その先にあるのは実は地獄かもしれないですけどね...。

 

追伸

ところでホークスファンなんですね?私はNPBのお荷物球団=ベイスターズファンです。多村は相変わらずですね...こちらの交換相手=寺原も去年はいまいちでしたが、今年は尾花監督はじめ元ホークスのメンバーも増えたので少しうれしいです。

弱小ベイスターズではありますが、今年は尾花監督を筆頭に今までとは見違えるほど補強してるので、裏切られても痛くも痒くもないほどのちっぽけな期待をしています。今年は一度くらい横浜スタジアムに行きたいな、とも思っています。

球場に応援に行って、日本プロ野球を盛り上げたいですね!!

2010年1月 5日

自由と権限に対する責任の明確化(小沢一郎 in カンブリア宮殿)


昨日のカンブリア宮殿、小沢一郎氏の出演は見ごたえがありました。eddieは小沢一郎や民主党政権をだいぶ誤解していたらしいです。村上龍が小沢一郎を評して「最後の政治家」と言わしめるだけのことはあったと思います。

村上龍の著作が好きというか、考え方が好きだからだろうけど、元々eddie自体が権限と責任はセットだろ!という主義です。内容は権限に対して責任を取らないで済んだ今までの既得権益者層からはかなりの反感を買うだろうし、みんなが同じ方向を向いていればよかった高度経済成長時代の仕組みを真っ向から否定するというものです。

まず、陳情という仕組み自体をeddieはよく知らなかったのですが、昨日の放送を見て族議員と陳情との関係が分かりました。地方や団体からの陳情がばらばらの族議員に対してなされて、対象省庁の官僚とつるんでお互いが利益を供与し合う構図。なんとなく裏で根回しして優秀な官僚の作文を読み上げてある法律を成立させてしまうのが族議員で、当然そこには官僚への利益誘導があるのだけど、有権者から顔の見えない官僚が責任をとるはずもなく、族議員が誰かなんてよくわからないのだからそこも無責任。そんな深い癒着の関係が構築されているのを破壊する、というのが小沢構想。民主党幹事長室に陳情を一元化し、そこで陳情に優先順位をつけ、それを内閣に提出するという構図をつくりあげることで、責任が明確化されるということです。

官僚の国会答弁を禁止したのと合わせると、有権者が自ら選出した国会議員(lawmaker)が名の通り立法に責任を持って対峙するというごくごく自然な構図を、つまり、官僚の利益誘導でなく国民への利益誘導のために、取り戻そうとする小沢氏の思いを感じた施策の一つだと思いました。

次に選挙の自由化。インターネット(ブログ等)の更新も有権者宅の戸別訪問も、告示後は法律(公職選挙法)で禁じられている。そんな60年?前の法律が有権者と立候補者の距離を遠ざけていた。告示後に立候補者の主張や人格を知り、投票への材料にしたいにもかかわらず、告示後のもっとも有権者とコミュニケーションが必要な時期の活動を禁じる法律こそが、有権者の選挙への無関心への起因となっていたことに異論はないはず。これにメスを入れる?と言ってたかどうかは忘れたが、おそらくそこにも切り込んでいくのだろうと思います。これも有権者と立候補者への投票したものとされた者への責任の所在の明確化につながるのでしょう。

師匠の田中角栄については、コンセンサスを得るという政治手法を学んだのに、それを竹下昇や金丸信の政治手法とともに番組内で明確に否定しました。「今はそんな時代じゃない」と。そこにも権限者が責任を持って施策を実行する姿勢を見ました。

「"13歳のハローワーク"に政治家の項目として説明をするとしたら?」との問いには、村上龍の質問に対して、よどみなく雇用と老後の安心がGDP6割の日本経済を復活させることを明確にうたいました。具体的な施策への言及は立場上(幹事長職)避けたようですが、それが本来の役割でないことからもその点に疑問は感じませんでした。

アメリカに対しても、外務省が何も言わないで問題を先送りにするから「日本はうそつきだ」呼ばわりされる。そんな姿勢をアメリカに嫌がられている、と。eddieはそんな当たり前のことを訥々と話す小沢氏に不覚にも感動しました。会社に置き換えれば、会議中に主張をせずに後で裏でなんだのかんだのと文句を言う、それを言わせないための根回し。そんな生産性の低いことが今まで通用してきたのが日本のどこにでもある会社の構図。国際会議でも外務省の役人が同じことやってたかと思うと嫌になります。それじゃ日本人がズルイと思われても仕方ないだろうと思います。だから国益を主張すべき代表者はブロークンイングリッシュでいいから国益を主張してこい!そういうことなんだと思いました。

村上龍がゼロサムといったのだけど、今はまさにそんな時代。誰か座っている椅子は降りるまで空かない。今ゼロをつかまされているのは若者だけど、これからは既得権者だって例外じゃない。海外から膨大な労働者が流入してくる。そんな時代に無責任のなぁなぁで済んだパラダイムが通用するはずがない。そんなことはずっと前からわかっていたのにバブル崩壊以降20年で何も変わらなかった。だから最高権力者?である小沢一郎氏がそんなパラダイムシフトを実現させようとしていて、それが既得権破壊と、有権者と立候補者との有るべき関係を正常にしようとしているということに素直に感動したわけです。

さて、それ以降はマスコミが質問するような植松建設の献金問題とか、首相職への思いとか、eddieにはあまり興味のない瑣末な質問だったためスルーに近かったので割愛しますが、小沢氏のすべての主張に感じたのは「自由と権限に対する責任の明確化」です。

eddieは昨晩カンブリア宮殿を見ながら日本にかすかな希望を感じたのでした。



思いつきの文章書き散らしで推敲はほとんどしてません、何となく自分のための備忘録にて。

本当は、この流れでtwitterで少し話題になってた「連帯保証人制度」について書きたかったけど、疲れました。気が向いたら別エントリで書きたいと思います。銀行の怠慢とか、NPO(駒崎さん)がんばれ!とか、起業を阻害してるのも実は「無責任体質」でしょ?との内容。