2010年7月15日
2010年7月12日
年寄りは死刑
2010年7月 8日
twitterをやめるに当たって考えたこと
正直twitterには疲れました。twitterからはしばらく離れます。どうしてこうなったか、考えたことをこれから書いていくのですが、ひとことで言うとペコさんからも最後に@してもらったように、フォローを増やしすぎたのが原因かな、と思っています。
もっともtwitterにハマってた時にeddieは、フォローさんの意見を真剣に読んで、ついていけないことには調べたり考えたりもして発言を投稿してきましたし、@(mention)が飛んでくれば概ね対応もしてきました。その結果フォロワー数も1000を超え(最大1080くらいか)、多くの人に相手にしてもらえるようになって、twitterで過ごす時間がとても楽しみでした。
twitterにはリアルタイムでコミュニケーションできてしまうという強力な魔力があります。しかも、経済評論家、作家、アルファブロガー、歌手、などメディアによく出てる著名人にもダイレクトに気軽に意見することができてしまいます。実際に返事が来たこともあってすごく嬉しかったりもしました。
著名人じゃなく市井の一般人であっても、フォロワー数が多くて、頭の柔らかい、面白い、つまり頭のいいtwitter上で人気の人とも気軽に会話ができて、とても楽しい時間を過ごすことができました。
ただeddieには、家族(妻・子供)があるし、会社での仕事もあるし、地域での役割などがあって自由な時間がふんだんには無いです。しかも情報処理能力は人並みなのに、一方的じゃつまらないと思ってほとんどスルーせず返信してきましたから、気づいたらtwitterが徐々に生活の中心になってしまいました。結果、リアルの生活すべてがおろそかになり、睡眠不足も続き、だんだん苦痛になってしまったんです。思うにtwitterは、学生や、時間を持て余してる人、あるいは情報を大量に捌く能力のある頭の良い人、ほとんど一方的につぶやくにはいいのかもしれないです。
けど、twitterは今後も人を魅了し続けるでしょう。今までは交流できるはずのなかった、著名人やフォロワーさんを大量に惹きつけてる有名ツイッタラーさんに、直接意見できるというサービスは大変な魅力ですから。そんな仕組みだから、有名人に見初められて自分が有名になるチャンスが生まれるかもしれませんし、そういう例も一部あったように見受けられます。
一方で、eddieはそもそも有名人になるつもりがないし、それを受け入れるキャパもないです。元々どんな組織にいてもマジョリティに属すことができず、いつもマイノリティに属していました。だから会社員という立場が今でも非常に息苦しい。有名人になるということはマジョリティに受け入れられなければならないわけですから、もしeddieが有名人になりたいとしたら受け入れられるために自分の性質を曲げなくてはなりません。そしてそれは多分今後も無理。 twitterを半年くらい中毒気味に続けてきてそれを再確認しました。フォロワー数が増えるに連れてそれに似た苦痛を感じてきたのが実際のところです。
自分を棚に上げてよくよく見てみると、有名人も実はたいしたことをつぶやいてないことがわかります。eddieがつぶやいた全く同じ内容を、たまたま有名ツイッタラーや著名人が発言すると、ふぁぼったーですごい数のふぁぼりを受けていたりもします。そんなところからも「なーんだ」なんて思ってしまったりもしたわけです。
また、twitterでは議論するのに文字数が足りなすぎるので誤解が生まれます。それを嫌えば議論の中身が薄まります。つまり議論するためのツールではあり得なくなります。一時期議論するのが流行ってもいましたが、そう考えたあとでは、議論を吹っかけられても応戦する気にならなかったので、無視するかまたは面倒なので冷たい言葉で振り切ってしまってたんです。
そんな嫌気に際して、フォロー数が最大で1000近くあったのを、ほとんど絡まなかった人を中心に減らしていき、次の段階として面倒に感じてしまった人に申し訳ないなと思いつつもアンフォローを繰り返して最終的に半減(500以下)にまでしたのです。それでもやはり、それをした自分になんとなく気分が悪くなって、やめる宣言をして終わりました。
公(おおやけ)に本当に大切な情報が流れるわけがないとeddieはいつも思ってます。そんなたいした価値のない情報を、言葉で装飾する能力のある人や、有名著名人が二次的に発言する。それに感化されたeddieみたいな三流ツイッタラーがさらに加工して意見を述べる。そうして意見が伝播していく。実はtwitterの本質ってそういうものなんじゃないかな、と気づいてしまいました。(気づくのに時間がかかりすぎた...)
最終的にtwitterとは「お遊び」と割り切って使ったほうがよいのだろうとやっと気づいたのです。だから、割り切って楽しめるならいいのですが、さきにも書いたようにeddieにはリアルで充分な時間がありません。eddieにとってそれくらいの価値でしかないと気づいたならば、リアルに、特に家族との時間に貴重な時間を使いたい。そういうわけでしばらくtwitterからは離れることにしました、というのが事の顛末です。
追伸:
...とかいいつつ気が向いたらすぐまた戻るかもしれません。そのときは「舌の根も乾かないうちにコノヤロー」と思いつつ、「遊び」と割り切ってお付き合いください(笑)また表に戻らないとしても、一部何人かの今後もお話したい、お会いしたいツイッタラーさんがいますので、ほとぼりが冷めたらDMさせていただくかもしれません。そのときは快くお相手していただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします(笑)そのため一応アカウントは潰さずにひっそり残しておくことにしておきます。
でわでわ
2010年6月27日
「組織」について考えた(W杯-チームニッポン)
2010年5月15日
匿名・実名議論に関する感想
2010年4月30日
勉強するという時間の大切さ
ご指摘を受けましたのでこちらへ【追記】
下記のもともとの引用元はこちらの記事だそうです。
子供の「どうして勉強しなきゃいけないの?」→ 勉強することの具体的で直接的で切実なメリットを説明
今回はこちらのエントリから
「勉強をした方がいいと断言できる4つの理由」
すみません、下記の4つのメリットすごく大事なことなんで全部引用させていただきました。
☆勉強することの4つのメリット
1.より楽しめる
基礎的な力があると、幅広い分野を知的に楽しめます。語学が秀でていれば言葉の違う国の体験が出来ます。歴史や古典に通じていれば名所を何倍も楽しめます。文学の造詣が深ければ感動し深く味わう ことが可能です。数字に強ければ分析することで世界の動向を読むことができます。
2.より仕事ができる
新しい発想を基にしたクリエイティブな討論とか戦略的な予算の議論等の楽しい仕事は「能力」の高い人しかできません。「能力」のない人間は決められたとおりに命令されるような単調な仕事が多いことのが現実です。
3.友人が増える
能力があれば友達が困っているとき助けられます。能力がないと、自分以外の誰かに助けを求めなければなりません。最悪、見捨てるしかありません。どちらが友人が増えるかは明白です。友人に尊敬され感謝されることが多い人生と、そうでない人生では生きている実感が違ってきます。
4.騙されない
教養があると騙されません。虚偽を確かめる知識や方法を知っているかしていないかで大きな違いがあります。基本的に情報は玉石混合です。疑わしい情報に振り回されて損をするのは例外なく教養の無い人です。
何も付け加えることはないです。すべて同意できるし、無意識にそう思っていましたが、こうしてまとめられるという能力に敬服します。感謝です!
上の子はまだ5歳で、2年続けて辞めたい意思表示をした音楽教室は先日辞めさせました。勉強したいと言うので公文塾に通わせ始めましたが、こちらはたいへん気に入ってるようで、朝も夕方も宿題を熱心にやってるみたいです。全然強制してないんですけどね。きっかけも宿題も子どもが「やりたい」というからやらせてるだけなんで。
なのでeddieは今のところ子どもに「何で勉強しなきゃいけないの?」といわれたことはありません。さておき、この4つのメリットは子どもに「何で...?」と聞かれたときに回答するのにとても役立ちますね。よく覚えておきたいと思います。
eddieは最近勉強不足をすごく感じてます。歴史に疎いし、語学も英語が少しわかるくらいだし、法律とか経理とかもよくわからないです...。最近一番ほしいものは「時間」と答える人の気持ちがよくわかるようになってきました。勉強する時間がほしいです。
さて、最近すっかりショップオーナー気取りのeddieです。商売屋の息子の血が騒ぎます。毎日進歩があってアイデアが吹き出てきます。メモがたくさん貯まってきました。一方、本業の仕事では権限がないうえに、勉強不足の役職ばかりのための説明資料作成ばかりでかったるいです。今はネットショップに注げる時間の短さにがっかりしてます。とはいえ、本業と副業を逆転させるまではもう少し時間がかかるでしょう。地味にゆっくり着実に進めていきたいと思います。
あー、目を開けて眠る方法をマジメに習得したい(笑)
2010年4月27日
生み出した余裕はグチじゃなく新分野へ投資
個人変革の要諦は、得意分野で金を稼ぎ、やりたい分野に金を投資すること
「やりたいけど、まだ金の稼げない仕事」に注力するためには、「必ずしもやりたくないが、金の稼げる仕事」にまずは、全勢力を傾けて稼ぐのが大事。その効率を最大にして余裕を作って、新分野へ投入する。前者に手抜きをして、新しい分野でも稼げない、そもそもお金も稼げない・・・これでは、結局夢も希望も あったもんじゃない。
今回も山本真司先生のエントリから。これ、まさにeddieへのエールと勝手に受け取ります!!
いい仕事してきたのだからと、昇進とか権限拡充を期待していたのですが、それもポスト不足の硬直化した組織では不可能であることをやっと理解できたところ。マネージャは予算も権限もくれない上に、スケジューリングもしないんだから楽勝というより野放し。極論、ヒラの立場からすれば言われたことだけやればいいはず。それで仕事が回らないんだったら予算を取ってくるのがマネージャの仕事なのだから。
またグチモードになるのをここら辺でこらえて。というわけで最近、給料や権限以上の貢献をすることを徹底的に拒否することを決断したeddieにはとても時間的に余裕があります。余裕を悶々としてツイッターでグチっていたのがつい先日まで。で、ネットショップを開くことに決めたのがここ約2週間。そしてこの記事に出会いました。
頭を切り替えたら、いろんな情報がものすごい勢いで入ってきます。はやる気持ちをなるべく抑えて、生み出した余裕のカネと時間をショップへ投資。開店へ向けて力を蓄え、楽しい店作りを進めていきたいと思います。
2010年4月26日
人を楽しませるためにゆっくり感覚を取り戻す
半分がグチで、半分が決意表明という完全に個人的な日記エントリなので、ツイッターでの告知は控えめに(笑)
今日もまた、山本真司先生とちきりん氏のブログから引用させていただきます。
まず山本先生の「トップにすがっても無理は無理。民が自立しろ。変われ。それを大きなうねりにせよ。組織も国も変わる。社会も変わる。 」
会社が立ち直った時のパターンは、私の知る限りではただ一つ。
経営トップだけでなく、現場の末端の強い改革への意識が組織の中心軸になったとき。そして、末端の現場と共鳴するトップ経営陣と共に戦う時だけ。社内で上へ下へのコミュニケーション活動が活発に進められている時だけ、成功する。
トップのコミュニケーションも大事。なお、トップは、現場の悩み、焦り、不安を つかみ、それへの対応策を心と決意を込めて伝える必要がある。変革の旗手は現場。そのトップの声に共鳴して猛烈に走る現場が会社を変える。
純赤字だったというのに、この雰囲気がまったく感じられ無いので立ち直るのは無理です。あ、eddieが勤める会社のことです。
eddieはかなり実績を作ったはずなのに、たいした評価ももらえなかったですから、今後給料以上の貢献をする義理は無いです(怒)。今後退職まで適当にやり過ごします。本来さっさと独立すべきなのは承知ですが、家族の意向もありまして、今は辞めるのを止めておきます(笑)。
決して戦ってはならない。
世代間闘争の空気は感じている。しかし、言い争っても何の解決にならない。
だからどうするという改革を我々当事者が考え、そして、民の分野で自分で実行し、それを大きなうねりにし、賛同者を増やし、そして、最後に自然に国の方向 が変わる。そんな改革が正しいのでは。
トップにすがっても無理なものは無理。英雄は、滅多に現れない。トップ同士が争っていても民の気持は離れるだけ。まずは、民が自立し、自立に向けて動け、 変われ、そして、それを大きなうねりに。その時国も変わる。社会も変わる。
マスコミがあおってきた世代間闘争にマンマと乗せられていました。自分の頭で考えもせずマスコミの論調に乗ったeddie自身をおおいに反省です。先生がおっしゃるようにトップや国を頼ったところで何も変わらない。むしろ変化に対応できないトップや国などに期待などせず、自ら動くしかないとようやく思い始めました。そして動き始めています。ここ1週間で着実に進歩しています。
そして、ちきりん氏の「ネット消費時代のインフラ:物流・決済・窓口」
また、あらゆる購買機能がネットに移行しはじめると、物流と決済に加え"窓口・拠点"も重要になります。リアル購買だと、店と客のアクセスポイント は店です。店が一カ所あり、すべての客がそこに行きます。一方ネット購買では、アクセスポイントはそれぞれの客側に近いところに複数必要となります。
たとえばコンビニの窓口が今はこの機能を兼ね始めています。
ちきりん氏の今回のエントリには、特に言葉としてピンとくるものは無かったのですが、「あらゆる購買機能がネットに移行」して、「物流と決済と窓口」が社会インフラになるという指摘について、改めて強く意識しておくべきことであるな、という個人的な感想です。
ちょっと話が飛びます(またグチw)。
技術と経験を全力で提供してきたのに、喜んでくれるどころか嫉妬されるようなところで何年も過ごして、しかも、それに対して不満を持っていた自分を 恥じます。こんなに長い時間をかけて今の会社が互いに協力するような職場ではなかったことにようやく気づきました。蹴落としあいです。どれだけ自分がやることを少なく、かつ責任を持 たないで済むか、です。本当はeddieはすぐさまこの会社を辞めたいです。(また言ってるw)
eddieは今、ネットショップ開店のためのホームページ作りとサーバの設定などでとても忙しいです。仕入先の調査や開業に関する税金関連のことの調査など、やることが後にたくさん控えています。久々に時間を忘れて夢中です!ドンドン夢が広がっていきます。そして、ネットショップを足がかりにしたアイデアが次から次へと湧いてきます。楽しい未来が目の前に開けています。
今の会社に居続けて、全力投球を報われなかったことで上司を責めてばかりいて、精神的にダメな人になってしまっていました。しかも負のパワーを溜め込んで相手に投げつけていたことで、チャンスも逃してしまっていました。そんな自分にすごくがっかりしています。
今はゆっくりと開店の準備をしながら、人に何か楽しみを提供すればそのお返しに喜んでもらえるんだ、という感覚を取り戻していこうと思います。そして、そのためにもeddieのすさんでしまった心もゆっくりと取り戻していこうと思います。
話を戻しますと、この「ネット消費時代の新インフラ御三家」がなければネットショップは成り立ちません。まさにインフラであると確信します。新インフラ御三家に頼ること大です。さらなる発達と維持を望みたいと思います。
2010年4月22日
名前を売るつもりはないけど...
最近のちきりん氏のエントリはeddieに響きます。タイミングがばっちりです。
どんどん稼いでがんがん使おう
ネット上では時々"すばらしい!"と感心する言葉に出会います。たとえば"嫌儲"とかね。なんと発音するのか知りませんが、こういうの考える人は本当にセ ンスがいい。
これは文字通り"儲けることを嫌う"感情やそういう思想、性向の人を指す言葉で、特に"ネット上で儲けることを嫌う"みたいです。
(略)
規制産業が嫌いでアタッカー起業を応援しているのも全く同じ思想からです。人が自由にその創意工夫で儲けようとするのを監督官庁が邪魔したり、規制 の恩恵を受けている既得権益者が自由競争を阻んだりすることを忌み嫌っています。
そして、大金を稼いだ人、稼ぐ人を、ちきりんは尊敬しています。それはその 人のセンスや才覚や行動力、決断力が市場で評価された証です。
"嫌儲"ってww 確かにいますね。eddieは前のエントリで儲ける宣言をしたから、人によっては気分を害して"嫌儲"感(ケンモウカン?)を抱いた人もいたことでしょう。だけど、そういう人はeddieとは合いませんね、ごめんなさいです(笑)
eddieは提供するサービスや商品を買ってもらえる人にだけ買ってもらえればいいと思ってます。お客様は神様なんかじゃないですよ。提供側が勝手に神様としてお客様を感謝するのはいいことだと思いますけど、実際は対等です。だってこちらが嫌だなと思うお客さんに買ってもらう必要なんか無いですから。ほしいと言ってくれる人にだけ買ってもらえればいいです。自分を神様だなんて思ってるようなお客さんなど入店拒否です、出入り禁止w
商売でお金を持ってる側が異常に強いのってたぶん日本だけです。海外に行けばよくわかります。ホントに日本人のサービスは悪い意味で過剰です。スーパーとかフードコートの店員とか(ちょっとランク下のサービス業)の対応はびっくりします、あまりの違いに。
そして、このような主張はあくまでも「eddieとして」言っておきます。こんなふうに言い切れるのはeddieが匿名だからなわけで、実際起業したらあまり表立っては(特に日本では)言えないことですからね。
それに関連して、山本 真司先生のこちらのエントリにも共感です。
「じっと、我慢して耐える」時代ー目立ちすぎないことの美徳」
本当に良い仕事をしたいなら、徒に目立つことを避けた方が良い。 目立ち始めたところで、少し隠れ気味にした方が良い。自分でその際は感じるものである。時代が自分を素直に取り上げてくれる時代まで、ゆっくり待っても良いと思う。名前を売ることに焦るな。それで名前を失った人は山のようにいる。力を蓄えろ。 そして、自然に力の強さが、表に出る時代まで,力だけを磨け。曖昧な力で、 名前だけだそうとすると回復不能なくらいの打撃を受ける。
eddieが最終的にやりたいことは多分ものすごく時間がかかることです。人手も多く必要だと思います。だからその思いはしばらくのあいだ暖めておく予定です。目立つのはそのときになってからでいいと思っています。実名公表を避けたい、とブログでもツイッターでも常に言ってますが、この思いを潰されるのが怖いんです。
山本先生もおっしゃるように、これから時代は激変ですし、もう既に激変時代に突入してます。実名公表して特定のスタンスで何かをしゃべることはとても危険です。本来はeddieのような小物が心配する必要は無いのでしょうけど世間はすごく狭いです。特に田舎では狭すぎます。御殿場などたかだか9万人の街です。ネットで実名晒して本音など言おうものなら...怖すぎます。先々にやりたいことができなくなるのは困りますから。
山本先生曰く、「表に出る時代まで力だけを磨け。曖昧な力で名前だけ出そうとすると回復不能なほどの打撃を受ける」です。あいまいな力での名前の売り込みなど愚の骨頂。最終的にやりたいことができなくなります。今は地味に力を磨こうと思います。
2010年4月21日
先送りはもうやめよう
今、日本で問題になっていることと言えば"少子高齢化"と"若者の雇用"の問題などと、評論家的な言葉を並べたつまんなそうなスタートをきるこのエントリです。しかしeddieにとってはもちろんのこと、多くの人にとっても他人事じゃないと思われます。"風が吹けば桶屋が儲かる"ではないですが、全ての事象が連動しているはずです。
ドラッカー先生は言ってます。
ドラッカーの「7つの機会」
人口の増減や年齢構成、雇用や教育水準、所得などの人口構造の変化は明白である。
明白な事実に目をつぶって先送りを繰り返しているのが、わが日本の指導者たる政治家や経営者です。そしてeddieもその片棒を担いでる正社員という既得権益者です。とても残念な事実です。その点認めますorz
けど、今これから起きる(すでに起きている)のは、数十年という長期にわたって変えることができない現実です。だから先送りなど繰り返していても傷は深まるだけです。今避けてはいけないのは変化への対応。なのに、指導者たちは既存の仕組みを変えようとせずに保身のために逃げ回っている。
指導者(政治家・経営者)たち年寄りは自分がかわいい。そして自分と身近な周囲さえ良ければいいと。だけど指導者はそんなちんけな考えの人が成っていい職業じゃないですよ。多くの権限を与えられてるんですから。指導者が逃げ回ってできたそのしわ寄せは若者や子どもたちに行くんです。それに対して若者たちはどうすればいいの?eddieの子どもたちも含め小さな子どもたちはどうすればいいの?あんたらそこまで考えて逃げまわってんのか?と
eddieはもう我慢ができない!
以下、池田信夫先生のコラムです。
異常な自殺率にみる「日本型福祉社会」の崩壊
異常な自殺率が示唆しているのは、まだ平穏で豊かに見える日本社会の根底に大きなストレスが蓄積しているということである。
会社に依存した「日本型福祉社会」が崩壊したのに、それに代わって社会が個人を守るシステムができていないため、絶対的な孤独に追い詰められた人 々が死を選ぶ。彼らは、もう維持できない旧体制にこだわって問題を先送りしている経営者や政府に対して、死をもって抗議しているのではないか。
eddieは「死をもって抗議」するわけにはいかないけど猛抗議します。
"問題の先送り"は、いかなる組織にあってもそれをしようとする奴らを許せない。近いところからその根っこを排除しなきゃダメなんです。だから、eddieは会社じゃ"問題を先送り"しようとする考え方には猛然と反対の意を唱えてます。いつもです。前から変わらない。特に前例主義が大嫌い!
上司に歯向かうなんてのは愚か者のすること、なんていう安っぽい処世術なんてクソくらえ!死ぬのは怖いけど「あいつはバカだ」と言われて干されるなんてちっとも怖くない。「クビにするならしてみろよ!」と本気で部長に言ったことありますから、eddieは
だから「そんなのあたりまえでしょーが。しかもちゃんと説明しないから文句言われたんだろが」と心の中でだけ吠えつつも呆れてものが言えませんでした。それからはノータッチ。「勝手にやれ!」と、「eddieは責任者じゃないしプロジェクトメンバーにも選ばれなかったし、しかもあんだけ言ったのに」
会社で想いを達成することは不可能です。給料は下がることはあっても上がることはもう無いし、一部を除いたほとんどがeddieより年上の保身マインド充満の年配者ばかり。そんな年寄り連中になんかカマってなんかいられないんです。時間がないんです。だから自分の頭で考えない頭の悪い「老人」たちはほっときます。
もう道筋が見えたのだから、あとは歩みは遅いかもしれないけど耽々と歩を進めるだけです。